以前、
「ズバリ言うわよ」なんてTV番組ありましたよね。
細木和子さんが歯に衣着せぬコメントで人気でした。
(というような記憶です)
今日はその「ズバリ」のお話。
(細木和子先生は無関係です^^)
やりたいことズバリ、をやっていますか?
「やりたくないことは、やっていないかも。」
「わりと、やりたいことをやってきた方かな。」
という返答が返ってきそうですが、みなさんはいかがですか?
セッションでも、
「やりたいことをやっている。」
という人はみかけません。
さらに、
「これがやりたいことだ。」
とズバッと言える人もほぼ皆無です。
「今嫌だと思っていること、抱えている状況が改善されるのが、いちばんの望み。」
という感じなんですね。
もちろん、
「今の状況を何とかしたい。」
と受けに来られる場合、最初はそうであっても、
セッションで変わっていかれます。
でも、
「悩みが無くなったら」
「今の状況が解決したら」
「次のことを考えます。」
「やりたいことを考えます。」
という方に、
「それは違いますよ!」とお伝えしたくて書いています。
いつか、は来ない
今の状況がいっぱいいっぱいだから。
悩みがあるから。
あっちでもこっちでも問題があるから。
だから
片付いたら自分がやりたいことをやろう。
その時になったら、何がやりたいか考えてみよう。
・・こんな感じだと、
「その時」というのは、一生来ません。
一生というのは大げさですが、
いつかやろう、いつか考えよう、の
何かを変えないと、いつか、が先送りされるだけ。
なぜなら、
今の状況が一つ解決したとして。
その後は嫌なことや困ったことがまったく起こらない。
起こるのは自分に好都合な出来事ばかり。
ということはありません。
そうだとしたら、まったく成長がない世界にいることになりますから。
「片付いたら」「その時になったら」「時間が出来たら」・・・
そういう思考グセが有る場合、また先送りされがちなんです。
こうして、どんどん先送りされて。
気付いたら自分の人生は、
「全然好きなことが出来なかった人生」
「何かに振り回されてばかりだった人生」
「何も成し遂げていない人生」
だと後悔したり、空虚さを感じたり・・・。
現状を見るか、ゴールを見るか
また、こういう場合、
自分の時間の多くを、
今の悩みや嫌なことを考えることに費やしがちです。
「そんなことないよ?」と思うかもしれませんが、
私たちは脳内で、ものすごい量の自己対話を繰り返しています。
そのほとんどがネガティブな内容なんですね。
無意識でこうなので、
意識的に何か新しいポジティブなことを考えない限りは
延々と「同じ」対話が続く・・・
しかも面白くなくて、
今の状況に不満がいっぱいで、
仕方ないな、と無力を感じる・・
延々と同じその対話が続くループ。
それが毎日繰り返されてしまう。
怖いですね。
ここでちょっと想像してみてほしいんですが、
もし、この、ネガティブなことを考えるループや、
不満なことを考えることがなくなったら、
どうなると思いますか??
これね、
考えなくなったら・・
暇になるんです。
思考が、暇になるんです。
思考が、暇?
になるんです。
ゴールが先
こういう時、
「さあ、ポジティブなことを考えよう!」
「今こそ、やりたい事を考えようじゃないか!」
となるかというと、そんなことはなくて、
さっきも言いましたように、
次のネガティブな思考をつれてきがちです。
ということは、目の前に現れる出来事も、
残念ながらあんまり変わり映えしない。
心配のネタが尽きない。
せっかくネガティブが抜けたたのに、
その穴に、またネガティブで穴埋めをしてしまいがちなんですね。
ネガティブが抜けた穴は、
なので、最初から、望みやゴールを考えておきたいんですね。
「今は全然浮かばない。」
うんうん、もうちょっと考えてみましょうか。
なんでもいいんです。
沖縄に行きたい、
親友に会いに行きたい、
ピアノが弾いてみたい
景色のいいカフェでカプチーノを飲みたい
そんな感じで、
忘れていた望みはありませんか?
せっかく暇になった思考、空いたスペース。
妥協した望みでいいの?
そして、ここを忘れないでほしいのですが、
本当は「これがやりたい!という事があるのに、
今は悩みがあるから無理だな、とあきらめて、
お手軽に望めること、
これやっておいたらまあまあ満足ということを、
本当にやりたい事と勘違いしていませんか。
2番手、3番手の望みで妥協して、
ズバリやりたいことをやっていない人が、
けっこう多いんじゃないかと思うんです。
小さなころから、
欲しいものを欲しいとずっと言えなかったとか、
私もそれが欲しいって言えなかったとか・・
大人になっても、
自分の本当に欲しいものにふたをして、見ないふりをしてしまう。
つまり、
自分のど真ん中、欲しいものズバリ、
を言えない。出来ない。
創造的回避
「欲しいもの」というのは、
モノの場合もあるし、
欲しいポジションだったり、立場だったり、環境だったり仕事だったりすることも、
あると思います。
それが万が一、手に入らなくても(手に入らない理由がなんにせよ)、
心が痛まないような境遇を、「自分で」、
作り出してきている場合もあるということです。
なぜなら。
私たちには、創造的回避(Creative Avoidance)というモノがあり、
これは誰も避けることが出来ないんです。
このC.Aをつくり出さないようにするには・・
やりたい事ズバリをやっていく。
ゴールだけを見ていくことしかないんですね。
日々考えるのは、どっち?
日々考えるのは、こんがらがった現状ではなくて、
ゴールの方です。
あなたが望む暮らしです。
そうはいっても、捨てられないじゃないか!
いきなりは無理!
そうであるならば、
一日のうち10分でも、自分の為だけの時間をもつ
自分の超絶やりたい事を探す時間、
ゴールを考える時間、
やりたい事を考えてニンマリする時間、
を作ってみませんか。
そして直感が浮かんだら、書き留めておく。
忘れてしまうのでね、書いておいてください。
実は私も、
「私もそれが欲しい、が言えない。」
「一番欲しいものはきっと手に入らないから、二番目で満足しようとする。」
「これがやりたい、が言えない。」
そんなタイプだったんです。
ずいぶん変わったつもりでしたが・・・
最近もひとつ、
「なんでこんなに一番欲しいものを、手に入れようとしていないんだろう。」
と気付いたことがありました。
この気付きがお役に立つかも、とブログに書いてみたという次第です^^
今日のまとめは、
やりたい事をズバリやる
一番欲しいものを手に入れる
いつかは来ない
でした!